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食と命の教室 2年目スタート!

2月22日(土)は、「食と命の教室」の2年目の栄えある初日でした
「食と命の教室」は、成田市の有機農業農家の中心的存在の1人である「おかげさま農場」の代表を務める高柳さんと昨年から始めた教室です
色々な食にまつわる問題、農業からほんの数十年前の日本人の当たり前だった暮らしのことなどをお話頂いたり、語り合ったり。
また「実践無しの知識は身につかない」ため、有機農業も実践しながら大地から学ぶこともしていく教室です。

詳しくは→こちらから

初回は、まずは自己紹介。
今年度は高柳さんが伝えたいという思いが強いまだ結婚していない若い女性も含め、合計10名を超す満席御礼でした。

昨年、この教室をスタートさせる時に、参加して欲しい対象者、教室名など色々考えたのですが、今年は正に「食と命の教室」を求めているという方々たくさん参加してくれました。

しかも、女性の方が圧倒的に多い

男性は会社勤めがあるので当たり前といえば当たり前ですが、食べ物と体の関係、命の関係など、そして農村に足を踏み入れているのも男性よりも女性が多いのが実情ですものね。

さて、自己紹介の後は、高柳さんから最初のお話。


初回を始めるにあたって、まずこの50年~60年で日本の食が大きく変わってしまったことをざっくりと大枠を知って欲しいというお話がありました。

1つが戦後のお話。戦後は日本にパンなどなかった。しかしアメリカが敗戦国の日本に余った小麦を食べさせるためにパン食を導入しようとしたが、人間は慣れていないものは食べれない、だから農林水産省にお金を出させて大型バスで全国に無料でパンを食べさせるキャンペーンをやった。

そして子ども達に学校給食でパンを食べさせた。現在はご飯食というのが給食にもあるが、当時は給食はそんなのは無く、完全にパンだけだった。人間の食性からいって、10代のうちに味覚は決まるから、この政策は見事にうまくいった。
テレビではトーストにハムと言う食卓が文化的だという大宣伝を行い、マスコミを使った馬鹿な大学教授を使って「米とパンの成分比較」をやって「米を食うと馬鹿になる」という記事を本気で載せていた。

アメリカは50年経つと政治の資料を公開しなくてはいけない法律があって、当時のことが公開されているのですが「世界でもこれほどうまくいった国は無かった」と言われている。


(ちなみに、これは私の補足ですが、井上ひさしさんの本によると、当時、輸入されていた小麦に、普通に「for animal」と書いてあったそうで、動物のエサ用の小麦が日本に与えられていたそうです)


もう1つの流れが1960年の池田隼人首相。
「貧乏人は麦を食え」という言葉を発した首相だが、農業国家から工業国家になると宣言した。
工業化には人が必要で、1960~1970年代は中学校を卒業した人が「金の卵」と言われ、京阪地域集まっていった。
当然食べ物が必要で、市場法で市場が各地に出来、都会に集まる人間を食わすための仕組みが出来た。
20年ぐらいで2,000~3,000万人の人が集まった。そこで問題が起きたのが「食べ物の生鮮食品が足りない」ということ。
そこえ加工品が入ってくる・仕事終わって帰ってきてから調理も面倒とのことえ、食品添加物が入ってくる。
化学合成添加物で380種類以上あるといわれていて、20年前で日本で60万トン、だいたい1人5kgぐらい食べていることになる。
これえおかしくならないわけがない、というお話。

そんな流れで、慣行農法が出てきて化学合成農薬、化学合成肥料が中心の農業が始まった。



こんな感じで、ざっくりと50~60年で日本人の食が大きく変わった、ということをお話頂き、一同「知らなかった」とか「なるほど」と頭を刺激された後、外に出て「里山」散策へ。

「里山」を散策しながら、そもそも日本では人はどういったところでどういった暮らしをしていたかを教えてもらいました。

日本人が稲作をやり始めて、住み着くようになったのが山すそのところ。
山があって雨を溜め、地下水や湧き水が山すそに流れ、そこに田んぼが出来る。
こういったところに人は住み着いていったとのこと。

高柳さんの集落は1,000年ほど前には人が住み着いていたところだそうです。

逆に言えば、多少高い台地にある住宅地は、最近のもの、すくなくとも50~60年で出来た集落だということも。

「昔は、こういったところの田んぼは水の手が取りやすい田んぼに良い場所だったんだけど、今では水が引きにくくて機械(コンバインなど)が入れないので、やる人が少なくなってしまったんだよ」と教えてくれました。



さて、その後、10分ほど歩いて、山の上の畑へ。

こういったところは、明治以降に切り開かれた畑。
明治以降、政府が開拓・入植を推奨して各地に出来た畑の1つです。

かつてはブナ・ナラなどの林があったところで、山すその田んぼや土質とは明らかに違っていました。

ちょうど高柳さんが三浦大根を育て、その残りがまだあったので、みんなで三浦大根を抜くことに。
三浦大根は青首に比べて割れやすく、そして大きいので抜きにくいのですが、みなさん、コツを教えてもらって頑張って抜いていました


みなさん、重いのに嬉しそう



さてさて、そんな感じで午前中は終わり、お昼は、豪華なお母さんとあゆみさん(高柳さんの娘さん)の手料理


その辺のオーガニックレストランの何倍も美味しいです


酵素玄米のおにぎりは、あいかわらずモチモチで玄米とはとても思えないほどの柔らかさと美味しさ


これは、合鴨農法の合鴨ちゃんの肝の煮付け。
野生の鴨を昔お父さんが狩ってきて、食べたが獣臭かった、という参加者の方も「これは美味しいですね」と絶賛
高柳さんいわく、鴨も獣臭いものと美味しいものと色々あるそうです。


昼食後、直売所に買い物に行く人もいれば、雑談をする人もいたりとゆっくり過ごした後、午後は夏野菜のトマトの種播きです。
「こんな時期にもうトマトの種を播くなんて知らなかった」という人も多く、少しびっくりされていました。

さて、まずは種播き培養土を詰めた種播きトレーに水をかけ湿らせます。
そして、1つ1つ指先でチョコンと凹みを作っていきます。
培養土は水分や空気も含みやすいので指先で押すとプニプニしています。


この窪みに、ゴマ粒ぐらいの小さなトマトの種を1つ1つ播いていきます。
慣れていないと、2粒になっちゃうので注意が必要です。


今年初参加の人は全員初体験なので、一生懸命やり方を観察していました


いざ、実践




さて、種を播き終わったら、種の発芽を邪魔しない軽い培養土をかぶせます。
凹みが埋まるように満遍なくかけるのがコツです。


こういった木の棒で均してもよいです。


培養土を満遍なくかぶせたら、ハウスの一角に育苗トレイを逆さにし台を作り、上から水をザ~っとかけます。


そしてそこに先ほどのトレイを置いていきます。


そこに乾燥防止の新聞紙をかぶせます。


この新聞紙の上から新聞紙が湿るぐらいに軽く水をかけた後は、トンネルを作っていきます。
トンネル用のひごをアーチをかけるように地面に挿していき、かまぼこ状に骨組みを作ります。


この上から寒冷紗などを被せます。


端に重りをして完成です。



大体10日で発芽するそうです。
そして大きくなった苗は、希望者は持ち帰ることが出来ます。嬉しい

その後、ハウスの草をみなで刈り、午後のお話パート。


皆さんのご質問や今後やりたいこと、ご意見、感想に対して、高柳さんも様々なお話をし、皆さん大変刺激を受けていました。

みなさん「良くこんなにたくさんのことをご存知ですね」「農家さんでここまで喋れる方に会った事がありません」「本当に刺激になりました」とおっしゃり、今回だけとりあえず参加、という方も、全員が「次回も参加したい」ということに。

昨年、この教室をスタートした第1回目は、何度も高柳さんのお話を聞いていた私が、興奮してその日は寝付けませんでした。
多分、今回初めて参加した人は、去年の私と同じ状況なんだろうな~と思います。

雑談やお話会とは違い、数多くの人が参加し、色々な意見が出る中、豊富な知識、そして長年の生活に基づいたお話は説得力があり、みんな今まで知らなかったことが次々と出てきて、少し混乱するほどです。

それほど「戦前までの脈々と受け継がれてきた日本人の食べ物、生活」と「戦後の70年で劇的に替わった日本人の食べ物、生活」が違うのです。

国の指導に基づいた「近代的」な農薬や化学肥料を使わないことで、「馬鹿者」扱いをされながら「俺らが間違っているのか?いやそうじゃないはずだ」と何十年も自問自答してきた有機農業農家の高柳さん達。

考えに考え続け、勉強を続け、海外数十カ国に何度も足を運び、「世界の考えと俺の考えは同じじゃないか。日本がおかしいんだ」ということに気づき、「本当のことは何か」「自分が正しいと思う道を生きる」と決めて生きてこられた高柳さん。

そして、今なお、世の中の問題を憂いながら、自分は野菜、小麦、油、米など食べ物のほとんどを自給し、いざというときのために薪をため山の清水をひき、納豆を作り、漬物を作り、糀を作り、甘酒を作り、神仏を敬い、何百年も前の祖先から続いている縦の線の途中に自分が居るということを認識し、地域の自然や人間など横の線に生かされているという認識をして、自分を見つめている高柳さん。

かつての見識ある日本人はこうだったんだろうな~、長老など村の尊敬を集める人はこうだったんだろうな~、と思えるのが高柳さんです。


そんな高柳さんと1年ふれあいながら、様々な意見交換をし、田畑や加工食品作りを実践し、参加者とも刺激をしあうこの教室は、これからますます多くの人が集う場所になるんだろうな、と確信しました。


現時点でほぼ満席ですが、4月にも「広報なりた」にも載せてもらうことになり、恐らくまだ参加者は増えると思います。

関心がある方、是非、一度お越し下さい


人は根ざすものがないと、ふらふらしてしまいます。
「根ざす」ということを知ることで、多分、しっかりと生きていけます。

食や農に関心が無くとも「人として立派に生きている人」に出会うというだけでも価値があると思いますよ。

高柳さんと共に、色々学んでいきましょう
ご関心がある方は→こちらから