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まっすぐに、素直に「がんちゃんのこれから」物語

 

■日本一を目指す男

寺田本家の蔵人、農家の2足の草鞋を履いています
寺田本家の蔵人、農家の2足の草鞋を履いています

千葉県で一番小さい町であり、「発酵の里」として知られる神崎町(こうざきまち)。この神崎町で、冬は昔ながらの自然酒作りで有名な寺田本家で酒を作る蔵人(くらびと)をやり、夏は自分の畑でキビ・アワなどの雑穀を育て、「雑穀麹」「雑穀化粧品」「雑穀甘酒」などの商品開発にまい進する、まっすぐにひたすらに「自分の人生を生きている」若者がいます。それが「がんちゃん」こと岩本君です。

 

岩本君の今の目標は「日本一の雑穀商人農家」になること。

 

「自分で作って、加工して、売って、きちんと稼ぎたい」

自分のやりたいこと、意思が明確なのが岩本くんです。

 

また、岩本くんの特徴は「悩みは無い」と言い切ること。

「お金を稼ぎたい」という意思、「自分の好きなことだけをやっていきたい」という意思を明確に持っています。その率直さに惹かれてか、何人もの人生の先輩が目の前に現れ、支えてきてくれました。寺田本家の先代、銀座まるかんの代表の斉藤一人さん、北海道で自然派化粧品を販売する篠原さんなどです。

多くの先達から可愛がられ、頂いた教えをスポンジが水を吸収するように吸収し、岩本くんの志も生き方も日に日に大きく育っています。

 

そんな岩本くんですが、実は2年半ほど前までは田畑には少しも関心が無く、今の仕事とまったく関係ない生き方をしていました。

 

■突き進んできて出会った道 

興味も無かった農業に、今はどっぷりつかっています
興味も無かった農業に、今はどっぷりつかっています

岩本君は3人兄弟の末っ子で、お兄さんやその友達と一緒にやんちゃな少年時代を過ごしていました。ところが岩本君が小6の時に、敬愛する7つ上のお兄さんがサーフィン中に他界。その後、そのお兄さんの親友で岩本君が本物の兄貴のように頼っていた先輩も、岩本君が高2の時に亡くなったのです。この経験から「命はいつなくなるかわからない。1度きりの人生、やりたいことをやろう」と思ったそうです。

 

その後、18歳の時にお母さんの影響で手に職をつけたいと思い、通信で理容の免許を取り、地元に近い床屋に就職しました。しかし、2年間勤務するもやりがいを見つけられず、20歳になるとお金が稼げるとび職に転職しました。

確かにとび職は結構な額を稼げていたのですが、そこの社長は人格的にはとんでもない人だったそうです。

「親方は人を人と思っていないような方で、無茶苦茶むかつきながら仕事していました(笑)でもお金を無茶苦茶稼いでいて、羽振りもよく、お金は集まるところに集まるということ、そしてお金の持つ力について考えさせられましたね」

 

稼げるとび職は仕事としてはよかったのですが、1年半後にヘルニアになり続けられなくなってしまいました。ただご縁があってすぐに保険屋になることが出来ました。とびの世界とはまったく違う保険の世界、そこでは普通のおばちゃんが1,000万ぐらい稼いでいました。そして、お金を稼いでいるだけでなく人格も高く「とびの親方とのギャップに驚いた」そうです。

 

岩本君は保険屋で稼いでいる人たちにあこがれ、名刺交換などビジネスの基礎の基礎から学び、そして自分も人脈を広げ始めました。

 

保険で儲け、またそこで出会った人のご縁で24歳のときに会社を立ち上げ独立。

引き続き、元暴走族のリーダーで後に青少年更生の社会企業家になった加藤秀視(かとうしゅうし)に会ったり、細川佳代子(元内閣総理大臣細川護煕夫人)、日本を元気にする私塾の山元学校に行ったりと、とにかくたくさんの人に会ったそうです。

 

とにかく稼ぎたくて会社を始めた岩本君。ただ日々のルーチンの仕事にはマンネリを覚えるようになっていました。ある時、一人の先輩経営者に「会社は何のためにあるのか?」と問われ、社会のためという答えに感激し、売り上げの1部をワクチンの寄付などにあてるなど、それなりに充実する時期もありました。しかし、それが人生を賭ける「これだ!」という道と思っていたわけではありませんでした。

 

そんな日々を過ごしていたある日のこと、たまたま神崎町近くの田植えイベントに誘われました。まったく田んぼに関心は無く、誘われたからという理由だけで参加したのですが、初めて触れた田んぼに「何これ!?気持ちい!面白い!」と体中が喜びにあふれる体験をしたそうです。

 

初めての田植えに衝撃を受けた岩本君は、いてもたってもいられなくなり、1ヵ月後には大豆の種播きイベントに改めて神崎町を訪れ、その3ヵ月後には会社の活動を中止し、地元の農業組織の研修生となりました。

「全てを捨てて移住してもこの段階でどうするといったプランがあったわけではないんですよね。ただ、俺はこんなところにいるべきではない、と思ったんです」

 

■お師匠さんとの出会い

寺田本家の先代から教わったことは、かけがえの無いこととなりました
寺田本家の先代から教わったことは、かけがえの無いこととなりました

神崎に移住し、農業組織の研修生として働き始めた岩本くん。農業についてはまったくの素人でしたがとにかく一生懸命働きました。

神崎町は千葉県一小さな町であるためか、この新しく移住してきた若者が研修生としてがんばっていること。それだけでなく「自分には何も無い、空っぽ」と言う素直さを持ち、自分のやりたいことを明確に現すその姿が伝わるのにそれほど時間はかかりませんでした。

 

人生の先輩として、また商売人の先輩として「この若者を磨いてみたい」と思ったのかもしれません、研修生として1年ほど働いた頃ある日、寺田本家の先代(当時の社長)から「うちで酒を作らないかい?農業やるなら発酵を学んだほうが良いよ」と誘われました。このお誘いに乗り、寺田本家の蔵人(くらびと)として働き始めた岩本君。そして「独立して稼げるようになりたいんです」と伝えると、先代はとても可愛がってくれたそうです。

 

「人はいつでも変われるよ」「×に変えな」「発酵したら全てよくなるよ」「人は考え方と食べ物で出来ている」「人と同じことをやってもだめだよ。人と違うことをやりな」「馬に乗ってご覧、人に沿ってごらん、だまされて思いっきりやってごらん」などなど、様々なことを教えてくれました。

 

「お師匠さんと呼んでいるのですが、とにかく先代の社長は面倒を見てくれたんです」

 

「がんちゃん、お茶のみに行こうか」「がんちゃん、ご飯食べに行こう」

ことあるごとに、岩本君に声をかけてくれた先代。寺田本家で働くのは当初はお酒の仕込みが終わる2月までという予定でしたが、「もっとお師匠さんと仕事がしたい」と思っていました。またせっかく声をかけてくれたことにきちんと応えようと、仕事を誰よりも一生懸命やろうと頑張りました。その思いや行動が通じたのか、先代から「もっと居ていいよ」という言葉をもらえたのです。

 

寺田本家で引き続き仕事が出来、お師匠さんにこれからも色々な教えを頂ける。そんな思いでいましたが、しかし、その数ヵ月後、先代は病気で天に召されました。

 

大切なお師匠さんを亡くした岩本君。大きなショックを受けました。しかし、それまでに過ごした時間、教えを心に刻み、立ち止まることなく進み始めました。 

 

 

■日本一の農家商人へ 

米粒より小さなヒエ、アワなどの雑穀を片手に、稼げる農家を目指します
米粒より小さなヒエ、アワなどの雑穀を片手に、稼げる農家を目指します

実は岩本くんは金属アレルギー。職人時代はカップラーメン、コンビに弁当が日常のご飯で、まったく食事には関心がありませんでした。そのためか、それまではなんでもなかったアクセサリーを体につけると、全身が蕁麻疹に覆われるなど、金属アレルギーになってしまったのです。

そしてこの道に進んでから、ヒエなどの雑穀は体を治すということを知り、まずは自分の体から、と思い雑穀の勉強を始めていました。

 

先代が存命中の時、秋に収穫した30kgの雑穀を元に「雑穀のお酒を作りたい」と相談したところ「それいいね~、やっちゃいなよ」と後押ししてくれました。

また、北海道で寺田本家のお酒を使った化粧品を販売している篠原さんという方に出会い、商売のイロハを学びました。

先代、篠原さん、双方から教えられたのは「生産し、加工し、販売しなくてはならない」ということでした。

 

「雑穀をそのまま売ってはたいした額にはならない。ところが例えば化粧品をつくれば掛け算で販売額が大きくなるんです。きちんと稼ぎたい。そしてたくさんの人に体の中から発酵をして元気になってもらいたい」

 

 

また、「誰もやっていないことを徹底することでその分野で日本一になる」という教えを自分に当てはめてみると、誰もあまりやっていないこの雑穀を極めれば無茶苦茶面白いし日本一にもなれる、と考えたそうです。

 

今までゴマ、ササゲ、四国ビエ、ヒエ、モチアワ、タカキビ、モチキビなどを栽培して、色々な商品開発に時間を割いてきました。今年は秋に実った雑穀をもとに、いよいよ本格的に販売を開始する予定です。

 

「神崎に来てから、自然の流れを感じるようになってきたんです。なにもかもポンポンうまくいく。自分の気持ちに素直になったら、すんなりとんとん。一人さん、寺田本家、先代とも出会えた。自分に素直になったからよかったんだと思います」

 

誰かが決めた枠組みにはまった生き方を嫌い、自分の道をまい進する岩本くん。田舎で自然と一緒に生きる農家さんというイメージが当てはまらない岩本君に、自分のことを何と呼んだらいいか聞いてみると

 

「う~ん、『商人農家』ですかね。きちんと商売してお金を稼ぎたい。その上でこれから農家になる若者にもその仕組みを教えていきたい」

 

まずは化粧品の開発が一段落しましたが、雑穀を使った味噌、しょうゆと夢は次々と広がります。

先が見えない世の中で、ひたすら「今」を全力で生きている男。雑穀で「日本一の商人農家」を目指すがんちゃんの道はこれからです。