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今年2回目の「食と命の教室」

気温の変化が大きい春ですねさて、今年2回目の「食と命の教室」
昨年もそうでしたが、今月は単発の方が大変多く、定員マックス

車座になって話をするギリギリの人数だったのですが、これまた先月と同様に、1人1人がいろいろなバックグラウンドお持ちで、そしてこの教室を求めていたような方々が多く、楽しくもじ~っくりと大人の学び舎としての時間を一緒に過ごすことが出来ました

私も昔は働き過ぎで病気になって会社を休むほどでしたが、この教室では、そういった仕事に追われている人、あるいはガンなどの病気の人、流産の経験がある人、子供が無事に生まれてきてくれたことで食べ物と体や命のことを学びたいと思うようになった人など、1人1人の日常生活空間では、なかなか話せないことが、自己紹介から飛び出てきます。

それだけ今の社会が何かしらおかしいところがあって、その流れにそのまま乗っかり続けられる人がいる一方、疑問を持ったり、乗り切れないで苦しんでいる、あるいは降りようと考え始めている、あるいは降りたもののさらなる出会いを求めている人が沢山いるんだな~ということを、私も知ることが出来ます。

そんな方々に、高柳さんがずっと考えてきたことや、師匠から教えてもらったことなどは、1つ1つ、情報として響きますし、なにより、口だけではなく、実際に大地に根差して自然とともに生きてきたところが、高柳さんのすごいところだと、私だけでなく、みなさん実感しているようです。

さて、たった1時間ちょっとの自己紹介やお話タイムで、ぐっとみんなの距離というか、思いがリンクしたところで、農作業の時間です。

まずは、先月種を蒔いたミニトマトなどを鉢替えです
ゴマよりも小さな種をみんなで蒔いたのはちょうど1か月前。
それがこの1か月でかわいらしい苗に育ちました
それを1つ1つ、ポットに植え替えていきます。
こんなに小さな苗でも、「水はやり過ぎたらいけない。子育てと同じだな」というお話があったり、「葉っぱと葉っぱが重なるようになったら、間をあけないといけない」といった、ちょっとしたコツなど、1つ1つ、「へ~」とみんな一生懸命聞いていました。


今回は人数が多いので、1000を超える苗が1時間ぐらいで植え替えできました
農業はやっぱり人手ですね~

さて、作業が終わったら、みんなで美味しいお昼ご飯
お昼を目当てに来る人もいるぐらいで、肉など使わずとも、美味しいご飯にみんな満喫
そして、いつものごとく、高柳さんのギターも


さらに、お昼後、お酒好きな方がいたので、先月同様、お昼から「おかげさまのお酒」が出てきて、みんなで楽しそうに飲んでいました

さて、お昼休み後は、毎年見ている「根の国」です。
「根の国」というのは、スプーン1杯、1gの土の中に、ダニ、姫ムカデなど小さな小動物がたくさんいて、その糞尿や死骸の中にもバクテリアが沢山いて、微生物が1億いる、そしてどれかが爆発的に増えることはなく、それぞれがバランスをもった生態系になって「小宇宙」のようになっている、ということを映像で知ることが出来る、貴重な映像です。

「とても刺激を受けました」という人もいましたが、「食事のあと、DVDですか。。。寝ちゃわないかな」と言っていた人もいたとおり、特にお酒を飲んで寝ている人もいましたが


さて、目で映像を見ただけでは面白くないので、野ざらしにした堆肥を観にいきました。
触ってみてフカフカ、匂いもなく、こういうのを土に入れると、小動物や微生物がたくさん住む良い畑になるんでしょうね。
「土は1000年に30㎝という学者もいる」という言葉がある通り、放っておいたらなかなか出来ないので、堆肥はとても大切です。


そのあとはみんな大好き収獲タイム
人参と菜花を好きなだけ収獲してもらいました



今回の教室で高柳さんが「片岡くんも感想を言え」と言ったので、ちょっと話しましたが、私の信条というか信念に「子供達の未来のためには、今の社会をこんな風にしてしまった大人こそ学び直す必要がある」というものがあります。

私は子供にだいぶ救われましたし、地域の子供達もみんな可愛いと思います。
「何のために生きるのか?」というお題目があるとしたら、それは「誰かの役に立つため」という大きな答えがあると思いますが、もっとシンプルに言えば「後世のため」、つまり「子ども達のため」に大人は存在すると思っています。

というのは自然界を見ればわかりますが、究極的には、生物は子孫を残すために大人になるんですね。

ただ、人間には頭があって、社会活動が出来ます。

だから、別に子供がいない大人でも、その子供たちが住んでいる社会をより良いものにしていくための務めは果たせるわけです。

自分が子供の頃はよくわかりませんが、結局、大人になってみたら、「近頃の子供は」という大人に対して、「そんな子供に育てたのはあなたたちじゃないか」というのがわかったわけです。

子供に何かあるのは、そういう子を育てた親や社会に原因がある。

そういった親を育てたその親や、そういった親になるような社会に原因がある。

つきつめていくと、どんどんさかのぼるわけです。

だから、子供たちのために、子孫に少しでもまともな世界、社会を渡していくのが大人の務め。

となれば、大人が死ぬまで学んでいかなくてはいけないし、何より、「どう生きたか」という、生き方が、子孫から問われている、という感覚をもっと持つべきだと思うんですね。

という考えをもっているので、色々なことをざっくばらんな雰囲気の中で語り合える、学べる、「大人の寺子屋」は社会的価値があると思いますし、なにより、高柳さんという存在に出会う事、こういった生き方をしている大人が実際にいる、とういことを知ることはとても大切だと思います。

今月の参加者のみなさんも、とても感受性が高く、とても素敵な方々が多く、雰囲気もとても良かったです
そして、その影響で、私もしみじみ、「この教室はいいな~」と主催者ながら思えた時間でした